マイクロスコープ補綴へのかけ橋


平田哲也/中村隆志/丸山剛郎

大阪大学歯学部歯科補綴学第一講座
連格先:〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1−8


はじめに
 諸外国ではマイクロスコープ(手術用顕微鏡,外来用顕微鏡)が歯科に導入されて,15年以上が経過した.しかし,日本における知名度はまだまだ低く,ルーペ(拡大鏡)による治療と混同されることが多いのが現状である.ましてやマイクロスコープの補綴領域への応用(ペリオ,エンド領域以外への応用)は,技工過程で実体顕微鏡が使われる以外は,ここ数年に始まったばかりでもあり,世界的にも十分には理解されていない.

マイクロスコープによる歯科治療が進出してきた背景
 医科領域にマイクロスコープが導入された経過は.ルーペによる治療に始まり,その欠点を補い,さらなる利点を生み出すマイクロスコープの使用へと自然とシフトしてきた.耳鼻科,眼科,脳神経外科の順に普及が進み,今日では,形成外科領域にまで浸透している.現在,日本マイクロサージェリー学会の主催は形成外科学会である.耳鼻科,眼科,脳神経外科学会では,マイクロスコープを使用することが当然とみなされ,わざわざマイクロサージェリー学会を唱える必要のない段階にまで達している.
 歯科では,解剖,病理,技工,ペリオの順に使用され,エンド領域にまで浸透してきた.しかしながら歯科では,初期の段階でルーペとマイクロスコープが混同され,マイクロスコープがただ単に拡大して視るための道具として導入されたゆえに,その発展途上で誤解を生み,医科に比べるとひどく遅れをとっているといえよう.
 歯科臨床におけるマイクロスコープの使用は,韓国で最初に始まり,イタリアなどのヨーロッパの一部で普及し,アメリカで急速に発展し,アメリカから日本,再びヨーロッパへと広まってきた.この流れの中において,アメリカ,とくにエンド領域での普及スピードは医科のそれに匹敵するものがある.反面,ペリオや,補綴領域における普及の遅さは異常とも思える.また,悲しいかな日本での普及は,日本よりも後から広まった東南アジアの諸国に比べても遅いのが現状である.

マイクロスコープを用いた歯料治療に対する誤解
 
「私の目はまだ十分にみえる,ルーペでも同じ結果を出せる」などの噂をよく耳にするし,これらの理由によってマイクロスコープは敬遠されているようである.さらには,マイクロスコープを使うほど厳密に歯科治療を行っても,結果は変わらないのではという疑いもかなりある.しかしながら,これらの噂,疑いは,すべてマイクロスコープを日常的

  に使っていないところから発信されていることに注意していただきたい.
 患者が,歯科医師の技術が向上すること,その向上に伴い患者自身の肉体的・精神的苦痛が軽減されること,次元の異なるより良い結果が与えられることに不満をもつはずはない.むしろ待ち望まれていることは,皆さんも日々感じていることだと思うまずは,マイクロスコープがルーペと同じく単に拡大するための高価な道具ではなく,それを用いた歯科治療は拡大した術野で治療を行うだけのものではないことを,認識し直す必要があろう.
 マイクロスコープを用いた歯科治療を誤解なく表現してくれる造語として,1998年春のCalifornia Dental Association Meetingマイクロ・シンポジウムの中で,Dr. Mark Freidmanが提唱したMicroscope Assisted Precision Dentistry(MAPD,マイクロスコープを用いた精密歯科治療)がある.マイクロスコープはあくまでもアシストしてくれる便利な道具にすぎないが,これがないと(ルーペでは)すべての歯科治療をビジュアルガイダンスで精密に実施することによる,より良い結果を,より速やかに患者に提供し,患者のさらなる満足度,ひいては患者の歯科医師に対する好感度を得ることはできない.

ビジュアルガイダンス

 術野を拡大することや術野を均一な光で明るくすることは,精密に治療を行ううえでは,必要条件であって十分条件ではない.人間がもっとも精密に作業を行うには,体感感覚によって筋肉を動かしてやるのではなく(手指に伝わった感覚を頼りに手指を動かすのではなく),体感感覚より優れている視覚による情報によって筋肉を動かしてやるビジュアルガイダンスが必要なことは,だれでも経験から知っていることである.これは情報が脳のシナプスへ達する量・速さともに体感感覚と視覚では非常に異なるからである.
 このことは,小さな物体の形状を把握するには,手指の感覚に頼るよりも目で見た方が早いことが示している.また,ルーペなどを使って形成を試みても,思ったほどの成果が得られないことを経験した人にも,おぼろげながらも理解できると思われる.マイクロ技工で同じように作製されたはずの補綴物に違いが認められるのは,製作者の器用/不器用によるのではなく,製作者がビジュアルガイダンスを使っているか/使っていないかによるところが大きい.より良い道具は,作業環境を向上させてくれるものであるが,それを使いこなせるかどうかは,使う人間次第だということである.

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